第5章 反乱終結

  国鉄を改革するための反乱は全国規模で発生し,国鉄首脳陣を脅かしていた。労働者たちの不満は大きな荒波となって全国に波及し,国鉄を確実に飲み込んでいった。

 

 午前9時頃,国鉄北海道支社の社長室で,水谷は執務を執っていた。彼は数日前に提出された書類に目を通している。内容は運用されている車両の処遇とサービス向上に関する請願である。

「今更こんな要求を突き付けるなんて,あいつらも身の程知らずというもんだな……。」

 水谷が呆れたように呟いたその時,武装した元国鉄職員が社長室に荒々しく侵入した。

「水谷!お前にクビ切られて,オレたちは大恥かいたんだ!!だから絶対許さん!!覚悟しろ!!」

 職員たちは一斉にマシンガンをぶっぱなす。水谷は体中に弾丸を撃ち込まれ,血と肉と,そして肉眼をも飛び散らせながら倒れた。

「任務完了!次は私邸にいる部隊の援助に向かおう。」

「了解です!」

 職員たちは素早く社長室を後にした。

 

 一泊二日の行幸を終え,坂野家一家を乗せた復路の特別列車は無事東京に戻って来た。ちなみにこの列車の運用についた455系急行型電車は,常葉の要求(正しくは圧力)により勝田電車区から借り出され,その上色もピンク一色に塗り替えられたものである。当然この塗色は多くの鉄道ファンを激怒させ,その後長きにわたって非難され続けることになるのである。

 全身ピンクの異様な塗色の特別列車が,ゆっくりと,東京駅10番乗り場に入線してきた。ドアが開くや否や,待ち構えていた報道陣が一斉にカメラのシャッターを切り始めた。

「お帰りなさい!」

「お疲れ様です!!」

「今回の行幸はいかがでしたか?」

 報道陣からは質問攻めとなったが,忠彦は普段通りにささやかな笑みで手を振る。その後ろからは遊里,そして忠明と常葉が続く。楢崎は当然遊里の傍におり,あまりの報道陣の数に落ち着かない様子である。

「一同,ただいま帰って参りやしたぜい!!」

「お兄ちゃん!」

 いつものように常葉が忠明をたしなめようとした,次の瞬間である。

 けたたましい銃声と共に,忠彦がその場にうつぶせで倒れ伏したのである。10番乗り場は報道陣や利用客ともども,パニックに陥った。

「えっ,何?!」

「お父さん!!」

 忠明は状況がつかめず,遊里と常葉はほぼ半泣きになって倒れた忠彦のもとに駆け寄る。そして次の瞬間,報道陣の後ろから武装した元国鉄職員たちが駆け込み,覆いかぶさるように忠明と常葉を取り押さえた。

「確保!!」

 職員の1人が叫びながら常葉の頭を床に押しつけ,次の瞬間,一発の銃声とともに遊里の頭は血潮を吹き,ぐったりとその場に斃れた。

「お母さん!!」

 常葉はもう耐えられなかった。そうしている間にも,楢崎は職員たちに抱きかかえられ,保護された。

「大丈夫か?ケガはないか?」

「は,はい……。」

 楢崎は突然起こった事件に戸惑いながらも,隊員に答えた。

 

 東海の方では,武装した職員たちが一斉に蜂起して国鉄側のガードたちと武力衝突し,ついには東海支社の社屋を占拠するに至った。幸い国鉄側のガードは数が少なかったために,双方に大きな犠牲者は出なかった。

 武装した職員たちは無事占拠を終え,そのうちの少数が社長室に集っていた。この日職員の支援を受けてやってきたのは菅智文。彼は国鉄により処分された者達から慕われている重要人物の一人で,かつては刃月の執事を務めた人物である。

「我々が望むことはただ一つ。あなたが国鉄東海支社長の座を降りることで,今後の国鉄の経営改善の布石とする事です。」

 菅は力強く主張した。

「他のエリアでもよく叫ばれていますが,社員の給与増額,使用車両の一新,そしてそれによるサービスの大幅な改善が何よりも大切なのです。」

 更に菅は声をあげる。菅の目の前には,後ろ手を縛られて社長席に座らされている佳武,そして彼の周りを武装した労働者たちが包囲していた。

「私も私で日必死に上層部に嘆願しいるのだ。しかし,それが容れられることはなかった。私なりの努力を鑑みずに武力に訴えるとは卑怯ではないのか!!」

 佳武はもがきながら叫んだ。

「このようなことになったのは貴方自身のせいなのです。そして,あなたは選ばなければならないのです。命を捨ててまで利益優先主義を押し通すか,それとも今ここで我々の要求をのんで生きながらえるか……。二つに一つですよ。貴方にお任せします。」

 菅は落ち着いた口調で言った。

「もし要求をのむのであれば,速やかに解放しますが,よろしいですね?」

 菅は付け加えた。佳武は何も言えないままうつむいた。

「一刻も早く決断していただかないと我々としても困りますからな。貴方の御家族の命まで危ういのですから。」

 菅はそう言ってデスクの前の窓に目を向けた。窓際には佳武の妻,そして1人娘の華子がそれぞれ椅子に縛られていた。彼は,もし佳武が要求を受け入れなければ,家族を皆殺しにするという構えを見せているのである。

 そこへ,職員の1人がやってきて菅にこう言った。

「菅隊長!東京丸の内の本社が陥落,総裁私邸も無事占拠したとの情報が入りました。」

「うん,御苦労。こっちも今森井社長の処遇をどうするか判断を任せているところだ。やはり穏健派ということもあるから利用価値が無いわけではないのだが……。」

「藤原家の後を受けて国鉄総裁の座を握る可能性も捨てきれませんから,ここは手早く……。」

「そうだな……。」

  菅は呟いた。

「ここは速やかに殺ってしまわないと……。」

 菅はそう言ってコートの右ポケットからピストルを出し,弾を入れ始めた。すると,

「やめろ,待て!待ってくれ!!」

 佳武は大慌てになって叫んだ。

「どうしたんですか?」

 菅は振り向いた。

「もう分かった……。お前たちの要求に従おう。」

「ではもう社長の座を下りるということですね。」

「そうだ。頼むから早く解放してくれ!」

 佳武は必死にせがんだ。しばらく間をおいて,菅は言った。

「分かりました。」

 菅は隊員に向かって言った。

「よし,そろそろ縄を解け。」

 菅の命令で隊員たちは佳武や彼の家族は縄を解き始めた。

「奥さんと娘さんの方はもうそのまま帰しても構わん。」

「かしこまりました。」

 10名ほどの隊員たちは,そのまま妻と華子を守るようにして社長室の外に連れ出して行った。残った数名ほどの隊員が社長室に残り,菅の護衛にあたることにした。

 菅はジャケットの内ポケットから一枚の書類を出し,佳武に差し出した。書類には,佳武に対する要求を受け入れるための誓約の文が書かれていた。

「さあ,この書類にサインしてくれますね。」

「うむ……。」

 森井はそう言って書類の一番下の欄に自分の名前を書き,判を押した。これで,佳武が労働者側の要求を受け入れられたことになる。

「確かに,要求は受諾した。」

 佳武は言った。

「これで,一件落着ですね。」

 菅がそう言った次の瞬間だった。廊下の方から次第に銃声が聞こえ始めてきたのである。警察の特殊部隊が,菅が佳武を殺害すると見込んでいよいよ突入を開始したのである。

「まさか……。」

 隊員の1人が呟く。

「嫌な予感がするな……。」

 菅は,自分に魔の手が迫ってきているのを,その場ではっきりと感じていた……。

 

 国鉄職員の武力蜂起が最も激しかったのは,やはり西日本支社の方だろう。武力蜂起した国鉄職員たちは,西日本支社側によって動きを読まれ,国鉄に雇われたガードたちによって思わぬ苦戦を強いられるはめになった。恭平の本部攻撃に匹敵するほど武力衝突は凄惨を極め,双方は甚大な被害を被り,実に多くの死者が出た。それだけにとどまらず,武力衝突は車両センターもその舞台となってしまい,銃撃戦などによって車両は甚大な被害を被ったのである。

 大阪駅前にある国鉄西日本支社の社長室。坂本正也は十数名のガードと共に社長室にいた。

「ヤツらはホンマにこっちに来るつもりなんか?!」

 坂本は焦った様子で言った。

「この状況では向こうは確実に迫ってくるはずです。しばらくここで落ち着きましょう。」

 ガードの1人がそう言った次の瞬間である。社長室のドアを突き破り,武装した労働者たちが押し掛けてきた。

「いたぞ!」

「殺せ!!」

 怒号と共に,室内でガードと労働者たちが互いに至近距離でマシンガンを撃ち合った……。

 坂本の一人娘である戈代は,坂本自身が立てた作戦によって秘密裏に私邸から脱出し,大阪から遠く離れた備後の地・庄原に落ちのびる事となった。戈代とその一行は一般の利用客になりすまし,大阪から広島へ,更に広島から芸備線を経由して備後落合というルートで逃走を図った。広島からの逃走用のディーゼルカーは,一般の利用者に知られないよう,回送列車という名目で用意された。

 一行を乗せた単行のディーゼルカーは,人知れずひっそりと走り,無事目的地の備後落合駅に到着した。ドアが開き,真っ先に戈代が降りて背伸びをした。

「あ〜あ,ホンマえらい長旅やったなぁ〜。」

 戈代は大あくびをして,そのままホームを歩いて行った。そしてその後からは5人の護衛たちがついて来る。ホームの端から,さらにまた5人の労働者たちがマシンガンを右肩に戈代を出迎える。

「長旅,お疲れさまでした。」

 労働者の1人がそう言うや否や,その場にいた労働者たちは全員マシンガンを戈代に向けた。

「えっ?!ちょっ,何?!」

 戈代が目を丸くするのもつかの間,労働者たちはマシンガンを一斉に放つ。戈代は体から血をふきあげ,ホームに倒れ伏した。

「大成功。」

「完璧だな。」

 労働者たちは戈代の死体を見下ろした。労働者たちは賢明にも,国鉄側に潜入してその計画実行を利用したのである。 

 

 四国の方では国鉄職員が大多数の徒党を組むという動きはなく,少数のグループが国鉄四国支社に乗り込んで社長室に立てこもるというように事態は展開した。

 午前8時過ぎ,高松駅駅ビルにある国鉄本社の前に,報道陣やら野次馬やらで黒山の人だかりが出来ていた。

「こちら国鉄高松駅にある国鉄四国支社前です。つい先程,国鉄四国支社の岸川陽明社長が,駆けつけた警察隊により,保護されました。」

 カメラの前で,リポーターが状況を伝える。警察隊に囲まれた岸川は,支社ビルの下の高松駅改札口から出ると,すぐに脇にどいた。そしてその後からは,警察隊によって身柄を確保された国鉄職員たちが出て来る。彼らが現れるや否や,多くのカメラマンたちが一斉にシャッターを切り,その周りにいる野次馬たちは一気にどよめいた。

「今,立てこもった国鉄職員たちが車に乗せられていきます!」

 捕縛された国鉄職員たちは皆ジャンパーを頭から被り,仏頂面でパトカーに乗せられていった。

 四国における国鉄職員の反乱は,失敗に終わりはしたものの,これをきっかけに国鉄四国支社は民営化に伴って経営改善に踏み切ることとなったのである。

 

 熊本にある国鉄九州支社では,普段通り平穏な一日を迎えていた。この日は天候が非常に良く,畑一家はまた遠方の機関区の視察に行くことを決めた。

 10人近いSPにエスコートされ,畑一家が国鉄九州支社の社屋から姿を現した。玄関前には既に,専用の公用車が停車している。

「今日は非常に天気がよろしい。まさに南国九州らしい!」

「そうでございますわね,お父様。」

 熙中と法子はこの日も普段通り和やかに会話していた。

 その様子を,数名の国鉄職員たちが,社屋の向かいにあるビルの空き部屋から眺めていた。

「もういよいよだな。」

「うん。」

 男たちは息をひそめて言葉を交わす。その中の1人は,既に爆破装置のハンドルを握っている。

 畑一家が公用車に乗り込み,SPが戸閉めを完了する。そして……。

「今だ!」

 男の1人が噛みしめるように小さく叫び,ハンドルを思いっきり下に押す。次の瞬間,畑家の公用車が,続いて国鉄九州支社の社屋が大爆発,炎上し始めた。

「やったぞ!」

「悲願達成だな!」

 男たちは喜びを噛みしめるのが精いっぱいだった。燃え盛る炎は,あたかも彼らに国鉄による抑圧,そして利益最優先主義の終焉を告げているかのようであった。

 

 国鉄の支社の幹部たちの大半が職員の反乱によって粛清されたのを受けて,藤原虎賢は自衛隊や警察の特殊部隊を総動員させて反乱を鎮圧することを正式に決定した。

 国会議事堂の一角にある廊下に,虎賢とその秘書の姿があった。

「総理,いくらなんでもご自身が現地に赴くのは危険ですよ!」

「いや,かつての婿が我が娘を殺めた罪は重い!自らの手で仇を取らねばならんのだ!」

 虎賢は悔しさからか,目を赤くし,潤ませて憤っていた。

「とはいえ,彼には何百万という国鉄職員たちが味方してるんですよ!」

「関係ない!とにかくヤツらの息の根を止めるだけだ!!」

「第一,自衛隊や警察隊でも太刀打ちできるかどうか……。」

「これは私自身が決めたことだ!決めたからには必ず成し遂げるのだ!」

 しばしやり取りを交わすうちに,2人は玄関にたどり着いた。既に数名のSPが敬礼して出迎えている。そしてその先には,総理専用の公用車が停車していた。

「とにかく少しでも兵力を集めるよう,促すのだ!」

 虎賢は公用車に乗り込んで言った。

「分かりました!」

 秘書は答えた。ドアが閉まり,公用車は目指す恭平の本陣へ向けて出発して行った。

 

 刃月の殺害を無事に完了し,恭平は一部の精鋭たちを藤原家私邸残し,国鉄職員たちによって制圧された国鉄本社ビルに戻ってきた。国鉄側と恭平側には多数の死者が出ており,これ以上の武力衝突は難しい状態になっていた。それでも恭平率いる国鉄職員たちは,過酷な戦いを生き残り,国鉄本社ビルにたてこもっていた。

 刃月という主を失い,あたかも抜け殻になった国鉄本社の総裁室に,恭平が入って来た。

「任務完了!北海道の方も完全に占拠されました。」

「うん,御苦労やった。」

 敬礼して報告する職員に,恭平は軽く頷く。

「九州の方も無事,作戦を成功させたとのことです。」

「うん,結構やった。残る気がかりは四国と東海やな。」

「はい,四国の方は計画は失敗に終わりましたが,四国支社側は我々の要求を受け入れる方針です。」

「そうか。」

 恭平の表情が少しばかり沈んだ。

「また,東海の方も要求は受け入られはしましたが,菅氏は警察により身柄を確保されました。」

「うん……。」

 恭平はまたも頷いた。

「まあ何にしても,わしらの要求は今後受け入れられて,改革に反映されるのは時間の問題やろうな。」

「そうですね。」

  職員がそう言ったその時であった。

「改革派の筆頭,藤原恭平に告ぐ!!」

 総裁室の窓から,メガホンによる大きな声が聞こえてきた。

「何だ?!」

「えっ,誰?!」

 総裁室にいた者たちは一斉に窓の外に駆け寄った。恭平も続いて窓際にやって来た。

 恭平の目に飛び込んできたのは,一目では信じがたい光景だった。おびただしい数の警察憲兵隊と鉄砲隊,そしてメガホンを右手に彼らの先頭に立つ1人の男……。藤原虎賢であった。

「直ちに国鉄に対する反乱行為を中止せよ!!」

 虎賢は更に語気を強めた。

「中止しなければ,我々は直ちに反乱分子に対し徹底攻撃を開始する!!」

 その一言で,その場にいた国鉄職員たちはざわめきだした。

「国鉄職員は直ちに反乱行為を中止し,投降せよ!!」

 虎賢の更なる発言に職員たちにもやや焦りが目立ち始めた。彼らは窓際を離れ,恭平のもとに集まった。

「藤原さん!政府が我々を弾圧しようとしてますよ!!」

「うん,分かっとる。」

 恭平は,総裁の机に着き,腕を組んで頷いた。

「このままでは我々の命はありませんぞ!!」

「全員が命を落とせば,改革実現がむしろ危ういものになる可能性もありますぞ!!」

「ここはひとつ,降伏した方がよろしいかと思います。」

「やはり政府に委ねるのが得策だったのでは……。」

 職員たちは口々に恭平に訴えた。

 ところが,次の瞬間である。恭平はカッと目を見開き,右手の拳を思いっきり叩きつけた。

何ぬかしとんねん!!

 恭平の突然の一喝に,その場にい職員たちは皆一瞬背筋が凍った。

「今更ここで何をうろたえてんねや!お前ら俺と一緒に国鉄を変えるんと違うんか!」

 全員,真剣なまなざしで恭平を見つめた。

「国鉄は今,それこそどん底まで腐り切っとんねん!!それを根本から変えるのがオレらの使命なんやぞ!!今からが踏ん張りどころなんや!!もしここで諦めたら,それでこそオレらはお終いなんや!!」

 恭平はなおも叫び続ける。

「改革はもう既に目に見えとんねん!!あともう一歩や!!何としてでも踏ん張らなアカン!!

 恭平の熱のこもった言葉に,職員たちは心を打たれ,1人1人が決意を固め,頷いていた。

徹底抗戦じゃ!!

おーっ!!

 恭平の掛け声とともに,職員たちは武器を手に決意を改め,拳を突き上げ,最後の攻撃に望むべく窓際に並んで行った。

 恭平にははっきりと見えていた。誰もが強く臨んでいた新しい国鉄の姿が。そしてそれがもたらす日本の未来が……。この最後の攻撃が,見果てぬ未来を切り抜いて行くのを,恭平は強く見つめていた……。

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