※23時過ぎ,583系急行「きたぐに」が堂々の入線。 廃止間際の利用が多いのか,12両という長大編成となっていた。 |
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※10番乗り場からのカット。 この日は偶然にも潟rコムのスタッフにも遭遇した。 |
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#そして23時27分,急行「きたぐに」は,終点新潟へと旅立つ。 「きたぐに」は「日本海」と共に,ダイヤ改正後は臨時に格下げとなる。 |
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日付は変わって3月9日の午前0時半,寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」で東京へと向かう。 少しでも旅費を浮かすべく,寝台ではなくノビノビ座席に乗車。 しかし,硬くて床暖房のあるカーペットで,列車の揺れも相俟ってなかなか寝付けなかった。 |
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朝の7時過ぎ,「サンライズ瀬戸・出雲」は無事東京駅に到着した。 東京に降り立つのは,「富士」「はやぶさ」撮影以来およそ3年ぶり。 ブルートレインのいない東京はとにかく寂しかった。 |
東京からは新幹線「はやて」で八戸まで移動。到着後はしばし八戸市内を散策,震災のせいか,ここも閑散としていた(今回の旅は国鉄型中心なので,写真はありませんw)。
八戸線のキハ40系普通列車。 ここ八戸は,いわて銀河鉄道(IGR)とJRのつながる場所である。 |
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今ではなかなか見られないサボ。 この時はまだ八戸線が全線復旧していなかったため,鮫行きとなっている。 |
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こちらも今では数少なくなった原型エンジン,DMF15HSA。 今は亡きキハ181系に近い,ガリガリという音が特徴的である。 |
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上の普通列車を反対側から見る。 ちなみに八戸線のキハ40系はほぼ全車が非冷房である。 |
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JR八戸線の電光掲示板。 右側にはIGRの電車が見える。 |
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次の列車が来るまでに,新幹線ホームで時間つぶし。 やって来たのは念願のE5系「はやて」32号! 新鋭はあまりにも美しかった……。 |
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夕方になってまさかの「赤鬼」が入線! 3両編成で鮫方面へと向かった。 |
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※新青森で日本海に乗り継ぐべく,下り「はやて」31号に乗車。 車内で「八戸小唄寿司」で晩飯。 |
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新青森に到着後,待ち合わせに少々撮り鉄。 メインイベント「日本海」大阪行きの電光掲示板。 |
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電光掲示板のみならず,このような釣り下げ札も存在。 右の「あけぼの」も,数少なくなったブルートレインの一つである。そして……。 |
# キターーーーーーっ!!!
ブルートレイン乗車は長崎旅行以来13年ぶり! 興奮するがままにかぶりつきをGET! |
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「日本海」は全車が開放式寝台車である。 そして客車後ろ寄りの洗面台の向かいにはこのような冷水機も。 |
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今回乗車したのは2号車のオハネ25-152。 客車は金帯で,後の調べで「出雲」「あさかぜ」1・4号での運用実績を知った。 |
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今回の寝床は上段の寝台。 下段は早くに満員御礼。廃止間際だけに「冗談(上段)」じゃない!w 夜9時過ぎに,ジョイント音を子守歌に就寝。 |
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日付は変わって10日,6時過ぎに目が覚めた。 起きて最初の停車駅は金沢であった。 |
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寝台車のデッキから。 ここは列車の鼓動を直に楽しむことが出来る。 |
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北陸地方は3月でも雪が厳しい。 その光景は眩しいまでに視界に飛び込んで来た。 |
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8時2分,敦賀到着。 ここで,鉄ヲタにはたまらない「儀式」,機関車交換の撮影にかかる。 |
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前夜から奥羽路を駆けて来たEF81-106から敦賀区の101に交換。 ここからいよいよ,終点大阪を目指す。 |
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※廃止が近いだけに,車内では色々なサービスが行われていた。 朝飯の「日本海」特製ジャケットの「ますのすし」。 |
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列車は敦賀を出てから湖西線を経由する。 この日も滋賀の山々は綺麗だった。 |
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朝日を浴びて輝く琵琶湖の水面。 滋賀県民として爽快の瞬間である。 |
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「日本海」の洗面台。 これもまた国鉄型ならではの味が出ている。 |
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通路の壁に格納されている簡易シート。 古の旅人はここに腰掛け,車窓に何を見たのだろうか……。 |
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乗車の証,「日本海」の寝台券。 9時51分,「日本海」は京都に無事到着。7番乗り場から見送ってから帰宅。 |